みなさん、だまし絵を知っていますか。
だまし絵は、一枚の絵が、見る角度や意識で別のものに見える絵です。
昨年末ごろ、マクドナルドのハッピーセットのおもちゃが、
だまし絵の絵本だったので、ある日息子と一緒に見ていました。
そもそも本を開く前から、「だましって何?」と聞かれました。
「○○○がだましなんだよ」と説明しようにも、
「だまし」にまつわる世の中の話は、ネガティブなものが多い気がします。
普段から、「うそは人を悲しませる」「じょうだんは人を楽しくする」と伝えています。
「だまし」はどちらかというと、人を悲しませる言葉じゃないか。
なんで、わざわざ「だまし」という言葉が使われているんだろう…と考えながら、
息子の質問に対しては答えをあいまいにしたまま、本を開きました。
数ページ進むと、サバンナを描いたイラストのページになります。
そのページを見ていたとき、子どもが突然「こわい」と言い、
半べそをかきながら「猿が棒を持って叩きにくる」と私に抱きついてきました。
私は少し驚きながらも、「大丈夫だよ。猿が棒を持ってきても、ママがいるから大丈夫」と声をかけました。
そのページを開くまで、ほかのだまし絵を見ても特に反応はなく、不思議なものとして眺めていたはずです。
それなのに、このときは、絵の中の出来事が現実と完全に混ざっているようでした。
チャットGPTで調べると、だまし絵は、見え方が一つから別のものへ突然切り替わることで、それまで安定していた世界の捉え方が更新される現象だと説明されていました。
見えていなかった像が急に現れ、世界の構造そのものが書き換わる体験になることもあるそうです。
自分が住む世界。本の中の世界。漫画の中の世界。
それらを大人のように切り替えて捉えることが、まだ難しい段階なのかもしれません。
改めて普段の生活を考えてみると、いつも息子は、恐竜になりきって家の中を歩き回っています。
ただのおままごとだと思っていましたが、本当に恐竜として世界を見ているのだろうな、と感じます。
今回の出来事を通して、子どもが見ている世界は、大人が考えるより整理されていないのかもしれない、と思うようになりました。
漫画の中も、映画の中も、本の中も、そして自分が暮らしている現実の世界も、子どもにとっては同じ地続きの世界として存在しています。
大人が無意識に引いている境界線は、子どもの世界にはまだなく、すべてが同じ次元で、同じ重さを持って目の前に現れているのだと思います。