想像するということ

いきなり何だと思うかもしれませんが、これは私が一番好きな状態です。
「想像」というのは、自由です。自分の考え得る全てがここにつまっています。そしてそれは自分の世界です。絶対に侵害される事もなく、消すのも作るのも自分次第です。

他の人はどんな想像をするのだろうか。何でもいいから想像するとしたら、大体はどんな事を想像するのだろうか。ふと、そんな事を思ったので、メモ変わりに書いておこうと思いました。

「想像力」という言葉があります。読んで字のごとく、想像する力ですね。何故こんな言葉が存在するのでしょうか。力というのは、何かと比較した時に必要になる言葉だと思います。始めに書いたとおり、想像する事は自由です。何を想像してもいい世界において、どっちの想像する力が優れているかなど、力関係はないように思います。けれども、現実にはその力の差は存在しています。

それは、想像するためには、知識と経験が不可欠だからだと思います。何でもありで想像する時でも、想像するための材料が必要になってきます。おかしな話かもしれませんが、何かヒントがなければ想像すら出来ないのです。そういう意味では想像は自由ではないかもしれません。

私が変に思うのはこれとは逆の話で、何故想像するのに制限をかけてしまうのかという部分です。想像をするために知識と経験を積むのに、積めば積むほど、想像に制限がかかってしまうように思います。人は生きていくだけで情報が入ってきます。その状態で想像しなくなっていけば、どんどん想像範囲が狭まってしまいます。こういった差が想像力の差となってしまうのでしょう。

「常識とは生まれてから今までの偏見」だそうです。誰かが作り出したこの世界において、様々な情景を見て、感動しながら、自分の想像は常に違う世界から見ていたいと思う今日この頃です。

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